Fujisawa Net Museum

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資料名しりょうめい

猿田彦大神(さるたひこおおかみ)の石(せき)廟(びょう)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

昭和(しょうわ)40年(ねん)(1965)5月(がつ)31日(にち)指定(してい)/高床式(たかゆかしき)・切妻造(きりづまづくり)、総高(そうこう)101.5㎝、奥行(おくゆき)66㎝、火成岩(かせいがん)(安山岩(あんざんがん))製(せい)/なだらかな前屋根(まえやね)の上(うえ)、右(みぎ)に丸(まる)い目(め)をして大(おお)きな桃(もも)を持(も)った得意気(とくいげ)な姿(すがた)、左(ひだり)に腹(はら)ばい姿(すがた)の2匹(ひき)のサルが陽刻(ようこく)されています。前面扉(ぜんめんとびら)・三面壁(さんめんぺき)の銘文(めいぶん)に、花応院(かおういん)・文殊院(もんじゅいん)以下(いか)、村民(そんみん)48人(にん)の名(な)が刻(きざ)まれ、延宝(えんぽう)8年(ねん)(1680)造立(ぞうりゅう)、天明(てんめい)6年(ねん)(1786)修復(しゅうふく)とわかります。字御所ヶ谷(あざごしょがや)にあったものを、後年(こうねん)この地(ち)に移(うつ)したといわれています。猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)は、天孫(てんそん)ににぎのみこと降臨(こうりん)の際(さい)、高千穂(たかちほ)までの道案内(みちあんない)を務(つと)めたといわれ、中世以降(ちゅうせいいこう)、庚申(こうしん)の日(ひ)にこの神(かみ)を祭(まつ)り崇拝(すうはい)されました。西俣野(にしまたの)には神道系(しんどうけい)の庚申塔(こうしんとう)と見(み)られる猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)が数基(すうき)あります。所在(しょざい):西俣野(にしまたの)・御嶽大神(みたけおおかみ)

サイズさいず

総高(そうだか)101.5㎝、奥行(おくゆき)66㎝

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) 市(し) 市(し)指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)(有形(ゆうけい)民俗文化財(みんぞくぶんかざい))

資料番号しりょうばんごう

90053

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