Fujisawa Net Museum

資料一覧

製作(せいさく)時期(じき):嘉永(かえい)4年(ねん)(1851)~嘉永(かえい)5年(ねん)(1852)。
板元(はんもと):村市(むらいち)(村田屋市五郎(むらたやいちごろう))

着物姿(きものすがた)の女性(じょせい)たちを手前(てまえ)に、品川(しながわ)沖(おき)を眺(なが)める風景(ふうけい)が描(えが)かれています。
流通(りゅうつう)の要(よう)であった品川(しながわ)沖(おき)を示(しめ)すかのように大八車(だいはちぐるま)(木製(もくせい)の荷車(にぐるま))が置(お)かれており、その傍(かたわ)らには子犬(こいぬ)が描(えが)かれています。

歌川広重(うたがわひろしげ)は、生涯(しょうがい)で20種(しゅ)以上(いじょう)の東海道(とうかいどう)シリーズ作品(さくひん)を手(て)がけました。
今回(こんかい)展示(てんじ)する「五十三次(ごじゅうさんつぎ)」は、広重(ひろしげ)の円熟(えんじゅく)期(き)にあたる嘉永(かえい)5年(ねん)(1852)頃(ころ)に刊行(かんこう)された東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)です。 このシリーズ作品(さくひん)は、東海道(とうかいどう)の風景(ふうけい)を背景(はいけい)にして、人物(じんぶつ)の描写(びょうしゃ)が大(おお)きく扱(あつか)われていることから「人物(じんぶつ)東海道(とうかいどう)」とも呼(よ)ばれています。

五十三次 品川(人物東海道)

五十三次(ごじゅうさんつぎ) 品川(しながわ)(人物(じんぶつ)東海道(とうかいどう))

平成(へいせい)31年(ねん)(2019)2月1日(がつついたち)指定(してい)/縦(たて)35.5cm、横(よこ)約(やく)764cm~1102cm/江島神社(えのしまじんじゃ)に伝来(でんらい)する縁起絵巻(えんぎえまき)(全(ぜん)5巻(かん))です。霞(かすみ)に金砂子(きんすなご)、岩(いわ)に金泥(こんでい)など金色(きんいろ)を多用(たよう)した、彩色(さいしき)豊(ゆた)かな絵巻(えまき)です。すでに市指定重要文化財(ししていじゅうようぶんかざい)に指定(してい)されている岩本楼本(いわもとろうぼん)の「江嶋縁起(えのしまえんぎ)」をもとに製作(せいさく)されたものと考(かんが)えられるが、細部(さいぶ)は相違(そうい)があります。絵師(えし)の狩野興也(かのうこうや)は、紀州徳川家(きしゅうとくがわけ)の絵師(えし)であった興以(こうい)の次男(じなん)で、水戸藩(みとはん)の御用絵師(ごようえし)です。江の島(えのしま)、江島神社(えのしまじんじゃ)の来歴(らいれき)を伝(つた)えるものとして、ともに昭和(しょうわ)59年(ねん)3月(がつ)に市(し)の指定文化財(していぶんかざい)に指定(してい)された「真名本江嶋縁起(まなぼんえのしまえんぎ)」(江島神社蔵(えのしまじんじゃぞう)、室町時代後期(むろまちじだいこうき)・16世紀(せいき))ともども重要(じゅうよう)であり、美術的(びじゅつてき)にも優(すぐ)れています。各巻(かくかん)の概要(がいよう):巻(まきの)1神代(じんだい)~武烈天皇(ぶれつてんのう) 狼藉(ろうぜき)、生贄(いけにえ)を食(く)らう五頭龍(ごずりゅう) 巻(まきの)2欽明天皇(きんめいてんのう) 弁才天(べんざいてん)(弁財天(べんざいてん))降臨(こうりん)、江の島(えのしま)を創造(そうぞう)、五頭龍(ごずりゅう)を龍ノ口(たつのくち)に鎮撫(ちんぶ)する 巻(まきの)3奈良時代(ならじだい) 役小角(えんのおづぬ)、泰澄(たいちょう)の江の島(えのしま)参籠(さんろう)、道智法師(ちとくほうし)が天女(てんにょ)に懸想(けそう)し追(お)われる 巻(まきの)4平安時代(へいあんじだい) 弘法大師(こうぼうたいし)空海参籠(くうかいさんろう)、岩屋本宮(いわやほんぐう)を創建(そうけん)。慈覚大師円仁(じかくだいしえんにんさんろう)の参籠(さんろう)。 巻(まきの)5平安(へいあん)~鎌倉(かまくら) 円仁(えんにん)の指示(しじ)で社殿(しゃでん)(上之宮(かみのみや)・中津宮(なかつみや))建立(こんりゅう)開始(かいし)、良真(りょうしん)の参籠(さんろう) 天女(てんにょ)が社殿荒廃(しゃでんこうはい)を嘆(なげ)き、良真(りょうしん)は下之宮(しものみや)(辺津宮(へつみや))を建設(けんせつ)。建永元年(けんえいがんねん)(1206)遷宮(せんぐう)。所有管理者(しょゆうかんりしゃ):江島神社(えのしまじんじゃ)

紙本(しほん)著(ちゃく)色(しょく)江嶋(えのしま)縁起(えんぎ)絵巻(えまき)



Page Top