Fujisawa Net Museum

資料一覧

白(しろ):役名(やくめい)未詳(みしょう)
白地(しろじ)に絣(かすり)の着物(きもの)を着(き)た美人(びじん)が描(えが)かれています。役名(やくめい)は未詳(みしょう)ですが、髪型(かみがた)から芸者(げいしゃ)であると考(かんが)えられ、屋根(やね)舟(ぶね)の後方(こうほう)に立(た)ち、扇子(せんす)を口(くち)にくわえながら帯(おび)を直(なお)すという仕草(しぐさ)で描(えが)かれています。
空(そら)には満月(まんげつ)がさえざえと輝(かがや)き、その下(した)に見(み)える橋(はし)は、竹(ちく)材(ざい)問屋(とんや)が見(み)えることから江戸(えど)の京橋(きょうばし)と思(おも)われます。

 五行説(ごぎょうせつ)において重要(じゅうよう)な色(いろ)とされていた「黄(き)」「青(あお)」「赤(あか)」「白(しろ)」「黒(くろ)」の5色(しょく)に、それぞれ美人(びじん)が当(あ)てはめて描(えが)かれています。またこの美人(びじん)たちは、歌舞伎(かぶき)の登場人物(とうじょうじんぶつ)に擬(なぞら)えて描(えが)かれており、各(かく)色(いろ)は、その役(やく)が決(き)まって着(き)る衣装(いしょう)の色(いろ)と対応(たいおう)しています。
「青(あお)」に描(えが)かれているのは、小栗判官(おぐりはんがん)ものの物語(ものがたり)に登場(とうじょう)する照手(てるて)姫(ひめ)。小栗判官(おぐりはんがん)は藤沢(ふじさわ)の遊行(ゆぎょう)寺(てら)とゆかりのある人物(じんぶつ)で、照手(てるて)姫(ひめ)は小栗判官(おぐりはんがん)の恋人(こいびと)です。

五(いつつ)衣(きぬ)色(いろの)染分(そめわけ) 白(しろ)

黒(くろ):小梅(こうめ)(『隅(す)田春(だのはる)妓女(げいしゃ)容(かた)性(ぎ)』より)か
本作(ほんさく)に描(えが)かれた美人(びじん)は、侠客(きょうかく)「梅(うめ)の由(よし)兵衛(べえ)」の妻(つま)「小梅(こうめ)」とされています。歯(は)には既婚(きこん)女性(じょせい)の証(あかし)である“お歯(は)黒(くろ)”が見(み)られ、褄(つま)の部分(ぶぶん)には梅(うめ)の紋様(もんよう)が配(はい)されています。また着物(きもの)は烏(からす)の柄(がら)となっており、黒(くろ)の色(いろ)と対応(たいおう)しています。褄(つま)を取(と)りながら船(ふね)の乗(の)り場(ば)に立(た)っていることから、降(お)りた船(ふね)を見送(みおく)っているところでしょうか。

五行説(ごぎょうせつ)において重要(じゅうよう)な色(いろ)とされていた「黄(き)」「青(あお)」「赤(あか)」「白(しろ)」「黒(くろ)」の5色(しょく)に、それぞれ美人(びじん)が当(あ)てはめて描(えが)かれています。またこの美人(びじん)たちは、歌舞伎(かぶき)の登場人物(とうじょうじんぶつ)に擬(なぞら)えて描(えが)かれており、各(かく)色(いろ)は、その役(やく)が決(き)まって着(き)る衣装(いしょう)の色(いろ)と対応(たいおう)しています。
「青(あお)」に描(えが)かれているのは、小栗判官(おぐりはんがん)ものの物語(ものがたり)に登場(とうじょう)する照手(てるて)姫(ひめ)。小栗判官(おぐりはんがん)は藤沢(ふじさわ)の遊行(ゆぎょう)寺(てら)とゆかりのある人物(じんぶつ)で、照手(てるて)姫(ひめ)は小栗判官(おぐりはんがん)の恋人(こいびと)です。

五(いつつ)衣(きぬ)色(いろの)染分(そめわけ) 黒(くろ)

制作(せいさく)時期(じき):天保(てんぽう)11年(ねん)~13年(ねん)(1840~1843)頃(ころ)。
板元(はんもと)印(しるし)なし

諸国(しょこく)名所(めいしょ)というシリーズもので、1「京(きょう)嵐山(あらしやま)渡月橋(とげつきょう)」、2「京師(けいし)清水寺(きよみずでら)」、3「下総(しもうさ)利根川(とねがわ)」、4「上州(じょうしゅう)榛名(はるな)山奥(やまおく)之(の)院(いん)」、5「上州(じょうしゅう)伊香保(いかほ)湯里(ゆさと)」、6「信州(しんしゅう)更科(さらしな)田毎月(たごとのつき)」、7「信州(しんしゅう)諏訪湖(すわこ)」、8「駿河(するが)三保(みほ)浦(うら)」、9「勢州(せいしゅう)二見浦(ふたみのうら)」、10「摂州(せっしゅう)住吉(すみよし)出見(いでみ)浜(はま)」、11「相州(そうしゅう)江之島(えのしま)」、12「相州(そうしゅう)七里浜(しちりがはま)」、13「浪花(なにわ)天保山(てんぽうざん)風景(ふうけい)」、14「箱根(はこね)湯治場(とうじば)」、15「播州(ばんしゅう)舞子(まいこ)浜(はま)」、16「武州(ぶしゅう)金沢八景(かなざわはっけい)」、17「武州(ぶしゅう)小金井(こがねい)」、18「武州(ぶしゅう)玉河(たまかわ)之(の)図(ず)」、19「武州(ぶしゅう)杉田(すいた)梅(うめ)図(ず)」、20「陸奥(むつ)松島(まつしま)風景(ふうけい)」です。

大(おお)きさは大判(おおばん)を四(よん)分(ぶん)の一(いち)にした小品(しょうひん)ですが、広重(ひろしげ)の脂(あぶら)の乗(の)り切(き)った頃(ころ)の作品(さくひん)で、遠近(えんきん)感(かん)のある気品(きひん)の高(たか)い作品(さくひん)となっています。島(しま)へ向(むか)う人々(ひとびと)を点景(てんけい)人物(じんぶつ)として大鳥居(おおとりい)を描(えが)き、島(しま)の前(まえ)に点在(てんざい)する人家(じんか)を配置(はいち)し、その後(ご)に江(え)の島(しま)の木々(きぎ)を描写(びょうしゃ)しています。

歌川広重 諸国名所 相州江之嶋

諸国(しょこく)名所(めいしょ) 相州(そうしゅう)江(え)之(の)嶋(しま)

制作(せいさく)時期(じき):天保(てんぽう)11年(ねん)~13年(ねん)(1840~1843)頃(ころ)。
板元(はんもと):森屋治兵衛(もりやじへえ)

これは広重(ひろしげ)自身(じしん)の描(えが)いた「東海道(とうかいどう)之(の)内江(うちえ)ノ嶋路(しまじ)片瀬(かたせ)自(じ)七(しち)面(めん)山見(ざんみ)浜辺(はまべ)」に構図(こうず)が類似(るいじ)しています。制作(せいさく)年代(ねんだい)が5・6年(ねん)こちらの方(ほう)が後(あと)であることから、それを参考(さんこう)にしたことが考(かんが)えられます。図柄(ずがら)としては前作(ぜんさく)の構成(こうせい)の非凡(ひぼん)さに較(くら)べてかなり平凡(へいぼん)なものです。シリーズものではない各地(かくち)の名所(めいしょ)を描(えが)いた単発(たんぱつ)ものは他(た)にも多(おお)くありますが、祭礼(さいれい)・行事(ぎょうじ)に関係(かんけい)するもの以外(いがい)には、概(がい)して出来(でき)ばえの良(よ)いものは少(すく)ないようです。

ただ逆(ぎゃく)に広重(ひろしげ)の作品(さくひん)をたどって見(み)ると、ほとんどがシリーズものであったことが分(わ)かります。江(え)の島(しま)に関(かん)したものでもそうしたことがいえ、単発(たんぱつ)に発行(はっこう)されたものの多(おお)くは、祭礼(さいれい)か御(ご)開帳(かいちょう)とかに関係(かんけい)があったように考(かんが)えられます。

歌川広重 相州江之嶋之図

相州(そうしゅう)江(え)之(の)嶋(しま)之(の)図(ず)

赤(あか):八重垣姫(やえがきひめ)(『本朝(ほんちょう)廿(にじゅう)四(し)孝(こう)』より)
華(はな)やかな赤(あか)い振袖(ふりそで)を着(き)た「八重垣姫(やえがきひめ)」が描(えが)かれています。なお『本朝(ほんちょう)廿(にじゅう)四(し)孝(こう)』などの時代物(じだいもの)の歌舞伎(かぶき)に登場(とうじょう)するお姫様(ひめさま)を“赤姫(あかひめ)”と呼(よ)び、赤(あか)い着物(きもの)を着(き)ることが定番(ていばん)となっています。
八重垣姫(やえがきひめ)は上杉謙信(うえすぎけんしん)のひとり娘(むすめ)、また武田信玄(たけだしんげん)の息子(むすこ)「勝頼(かつより)」の許婚(いいなづけ)でもあるという設定(せってい)です。手(て)に持(も)っているのは武田家(たけだけ)の宝(たから)の一(ひと)つ「諏訪法性(すわほっしょう)の御兜(おんかぶと)」で、物語中(ものがたりちゅう)の重要(じゅうよう)なアイテムの一(ひと)つです。
兜(かぶと)の白(しろ)い毛(け)部分(ぶぶん)や着物(きもの)の裾(すそ)には空摺(からず)りが施(ほどこ)されています。空摺(からず)りとは版木(はんぎ)に絵(え)の具(ぐ)をつけず、刷り圧(すりあつ)だけで紙面(しめん)に模様(もよう)をつける技法(ぎほう)のことです。
五行説(ごぎょうせつ)において重要(じゅうよう)な色(いろ)とされていた「黄(き)」「青(あお)」「赤(あか)」「白(しろ)」「黒(くろ)」の5色(しょく)に、それぞれ美人(びじん)が当(あ)てはめて描(えが)かれています。またこの美人(びじん)たちは、歌舞伎(かぶき)の登場人物(とうじょうじんぶつ)に擬(なぞら)えて描(えが)かれており、各色(かくしょく)は、その役(やく)が決(き)まって着(き)る衣装(いしょう)の色(いろ)と対応(たいおう)しています。
「青(あお)」に描(えが)かれているのは、小栗判官(おぐりはんがん/rt>)ものの物語(ものがたり)に登場(とうじょう)する照手姫(てるてひめ)。小栗判官(おぐりはんがん)は藤沢(ふじさわ)の遊行寺(ゆぎょうじ)とゆかりのある人物(じんぶつ)で、する照手姫(てるてひめ)は小栗判官(おぐりはんがん)の恋人(こいびと)です。

五(いつつ)衣(きぬ)色(いろの)染分(そめわけ) 赤(あか)

制作(せいさく)時期(じき):天保(てんぽう)末期(まっき)。
板元(はんもと)印(しるし)なし

小高(こだか)い丘(おか)の上(うえ)から見下(みお)ろすように七里ヶ浜(しちりがはま)が描(えが)かれており、腰越(こしごえ)あたりから見(み)た風景(ふうけい)であると考(かんが)えられます。わずかに覗(のぞ)く浜辺(はまべ)には、笠(かさ)を被(かぶ)り、杖(つえ)を持(も)った旅人(たびびと)達(たち)が往来(おうらい)する様子(ようす)が描(えが)かれます。遠景(えんけい)には雪(ゆき)を頂(いただ)いた富士(ふじ)が描(えが)かれ、上空(じょうくう)にある朱色(しゅいろ)が夕焼(ゆうやけ)のような趣(おもむき)を見(み)せています。
小判(こばん)(こばん)という小(こ)さい画面(がめん)にも、青(あお)・朱(しゅ)・緑(みどり)・黄(き)の色(いろ)がバランスよく配(はい)されていることが本作(もとさく)の特徴(とくちょう)です。

この作品(さくひん)は「相州(そうしゅう)名所(めいしょ)江(え)之(の)嶋(しま)金亀(こんき)山(さん)之(の)図(ず)」と2枚(まい)1組(くみ)で出版(しゅっぱん)されたもので、ふつう相模(さがみ)の名所(めいしょ)と言(い)えば、江(え)の島(しま)に次(つ)いで七里ガ浜(しちりがはま)が画題(がだい)としてとりあげられることが多(おお)いのですが、この作品(さくひん)は七里ガ浜(しちりがはま)の風景(ふうけい)を描(えが)いたと言(い)うよりは「七里ガ浜(しちりがはま)より江(え)の島(しま)富士(ふじ)遠望(えんぼう)」というべき構図(こうず)です。広重(ひろしげ)の視点(してん)は七里ガ浜(しちりがはま)を見(み)おろす小高(こだか)い丘(おか)の上(うえ)から、遠(とお)く水平線(すいへいせん)上(じょう)の江(え)の島(しま)と富士(ふじ)を眺望(ちょうぼう)している図(ず)で、あの美(うつく)しく弧(こ)を描(えが)くように続(つづ)く七里ガ浜(しちりがはま)は、画面(がめん)の下隅(したすみ)にわずかに人(ひと)の歩(ある)く姿(すがた)でそれとわかる程度(ていど)にしか描(えが)かれていません。画面(がめん)の中心(ちゅうしん)はあくまでも江(え)の島(しま)と富士(ふじ)です。

七里ガ浜(しちりがはま)の腰越(こしごえ)のあたりから見(み)た風景(ふうけい)でしょうか。雪(ゆき)を頂(いただ)いた富士(ふじ)とその上空(じょうくう)の朱(しゅ)のぼかしがあたかも夕焼(ゆうやけ)のような趣(おもむき)を見(み)せ、手前(てまえ)の漁家(りょうけ)の黄色(きいろ)が印象(いんしょう)に残(のこ)る作品(さくひん)となっています。

歌川広重 相州名所 鎌倉七里浜

相州(そうしゅう)名所(めいしょ) 鎌倉(かまくら)七里(しちりが)浜(はま)



Page Top