Fujisawa Net Museum



瑞ずい心しん門もん

瑞心門
瑞ずい心しん門もん

解説かいせつ

参道さんどうが石段いしだんになり右手みぎてに交番こうばん、正面しょうめんに瑞ずい心しん門もんがあります。石段いしだんを昇のぼって門もんをくぐり、辺津宮へつみやへと進すすみます。石段いしだん手前てまえからエスカー(有料ゆうりょう)に乗のればすぐ辺津宮へつみやです。この辺あたりには石いし狗いぬのほか蟇がま石いし、最勝さいしょう銘めい碑ひ、門もんの先さきには正面しょうめんに弁財天べんざいてん像ぞう、左右さゆうに百度ひゃくど供養くよう塚つかと永代えいたい祭礼さいれい講こう碑ひがあります。

瑞心門

瑞ずい心しん門もん


長堀検校奉納石狗
長堀検校奉納石狗

長堀ながほり検校けんぎょう奉納ほうのう石いし狗いぬ一いっ対つい

長堀ながほり検校けんぎょうは、新潟にいがたの新発田しばた出身しゅっしんで杉山検校すぎやまけんぎょうの弟子でし筋すじに当あたります。慶応けいおう元年がんねん(1865)に奉納ほうのうされたものです。


蟇石の碑

蟇がま石いしの碑ひ

蟇がま石いしの石碑せきひの手前てまえにあるのがガマの形かたちをした蟇がま石いし(がまいし)です。


最勝銘碑

最勝さいしょう銘めい碑ひ

明治(めいじ)17年(ねん)(1884)に建たてられたもので、東京とうきょう大学だいがくでインド哲学てつがくを教おしえた曹洞宗そうとうしゅうの僧そうの原はら担たん山ざんの撰せんによる文言もんごんが刻きざまれています。


永代祭礼講碑

永代えいたい祭礼さいれい講こう碑ひ

明治めいじ 31 年ねん( 1898 )のもので、永代えいたい祭礼さいれい講こうの講中こうじゅうの名なが刻きざまれています。藤沢ふじさわのほか腰越こしごえ津村つむら、俣野またの村むら、六会むつあい村むら、明治村めいじむら、深沢村ふかさわむら、長尾村ながおむらほかの人々ひとびとです。


百度供養塚

百度ひゃくど供養塚くようづか

寛政かんせい8年ねん(1796)に、江戸えど下谷したや(現げん台東区下谷たいとうくしたや付近ふきん)の願主がんしゅが 36 年ねんかけて百度参ひゃくどまいりを達成たっせいした記念きねんに建たてられました。「ゆくとしや百ひゃく度ど詣まいりし豆まめの数かず」「花はなや鯛たい月つきゆきつもる百度ひゃくど塚つか」ほかが刻きざまれています。


弁財天像

弁財天べんざいてん像ぞう

平成へいせい 14 年ねん( 2002 )に、江島神社えのしまじんじゃ鎮座ちんざ一せん四よんひゃく五ご〇じゅう年ねんを記念きねんして建たてられました。「江嶋えのしま縁起えんぎ」によれば江えの島しまは欽明天皇きんめいてんのうの 13 年ねん( 552 )に海中かいちゅうより現あらわれました。


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