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江島神社えのしまじんじゃ・辺津宮へつみや

辺津宮辺津へつ宮みや

解説かいせつ

近江おうみ・竹生ちくぶ島しま(滋賀県しがけん)、安芸あきの宮島みやじま(広島県ひろしまけん)と並ならぶ「日本にっぽん三さん大だい弁財天べんざいてん」のひとつ。辺津宮へつみや、中津宮なかつみや、奥津おくつ宮みやの三宮さんぐうから成なっていて、辺津宮へつみやに田た寸ぎ津つ比売命ひめのみこと、中津宮なかつみやに市寸島比売命いちきしまひめのみこと、奥津おくつ宮みやに多紀理たぎり比売命ひめのみことの三女神さんめがみが祀まつられ、三女神さんめがみを総称そうしょうして、江島えのしま大神おおかみと呼よばれています。『吾妻鏡あずまかがみ』に寿永じゅえい元年がんねん(1182)源頼朝みなもとのよりともの祈願きがんのために文覚もんがく上人しょうにんが弁財天べんざいてんをこの島しまに勧請かんじょうしたとあります。以来いらい、江島えのしま弁財天べんざいてんの名なで有名ゆうめいで、江戸時代えどじだいには、江戸えどから大山おおやま詣もうでと合あわせた物見ものみ遊山ゆさんが盛行せいこうしました

辺津宮

辺津へつ宮みや

祭神さいじんは田た寸ぎ津つ比売命ひめのみことです。建永けんえい元年がんねん( 1206 )に源実朝みなもとのさねともが創建そうけんしたと伝つたえ、延宝えんぽう3年ねん( 1675 )に再建さいけんされました。現在げんざいの社殿しゃでんは、昭和しょうわ 51 年ねん( 1976 )に改築かいちくされたものです。 江島神社えのしまじんじゃの一番いちばん下したに位置いちしていることから「下しもの宮みや」とも呼よばれます。

灯籠

灯籠とうろう

寛政かんせい8年ねん(1796)と翌年よくねんに奉納ほうのうされた2基きで、江戸えどの小道具こどうぐ屋やの奉納ほうのう者しゃ名めいが列挙れっきょされています。

灯籠

灯籠とうろう

嘉永かえい4年ねん(1851)に奉納ほうのうされました。

嗽水盥

嗽うがい水みず盥だらい

江戸えど麻布坂下町あざぶさかしたちょう(現げん港区みなとく麻布あざぶ)の藤屋ふじや半はん七しちが寛延かんえい2年ねん(1749)に奉納ほうのうしたものです。

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