Fujisawa Net Museum



福石ふくいし

福石福石ふくいし

解説かいせつ

瑞ずい心しん門もんをくぐって右みぎに石段いしだんを登のぼり、江えの島しま市民しみんの家いえからの道みちに合流ごうりゅうするところに福石ふくいしと江島えのしま道標どうひょうがあります。

福石

福石ふくいし

杉山和一すぎやまわいちは江戸えどで鍼しん術じゅつを志こころざしましたが上達じょうたつしませんでした。失意しついのうち故郷こきょう伊勢いせ(三重県みえけん)に帰かえる途中とちゅうに立たち寄よったのが江えの島しまです。和一わいちは岩屋いわやに 21 日間にちかん籠こもり、満願まんがんの日ひの帰路きろにこの石いしにつまずいて転ころんでしまいます。その時とき、思おもわず手てにしたのは、筒つつ型がたに丸まるまった葉は(竹たけの管くだともされています)で中なかに松葉まつばが一いち本ほん入はいっていました。これをヒントにして、管鍼くだばり術じゅつを創案そうあんしたと言いわれています。この石いしの周まわりで物ものを拾ひろうと福ふくが授さずかると言いわれています。

福石銘庚申供養塔

福石ふくいし銘めい庚申こうしん供養くよう塔とう

寛政かんせい 4 年ねん( 1792 )建立こんりゅうの庚申こうしん供養くよう塔とうです。「福石ふくいし」の字じは後あとから入いれられたもので、この塔とうが福石ふくいしではありません。

江ノ島弁財天道標

江ノ島えのしま弁財天べんざいてん道標どうひょう

尖せん頭型とうけい角柱かくちゅうで、三面さんめんに「一切衆生いっさいしゅじょう」「ゑのしま道どう」「二世にせい安楽あんらく」と刻きざまれています。杉山検校すぎやまけんぎょうが江えの島道しまみちに 48 基き建たてたとされていますが、現在げんざいはこの 1 基きを含ふくめ 12 基きが確認かくにんされています。いずれも昭和しょうわ 41 年ねん( 1966 )に藤沢市ふじさわしの指定してい文化財ぶんかざいとなっていますが、必かならずしも元もとの位置いちにあるものではありません。


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