Fujisawa Net Museum

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納札(のうさつ)文化(ぶんか)研究会(けんきゅうかい)が昭和(しょうわ)34年(ねん)度(ど)の会合(かいごう)のまとめとして発行(はっこう)した納札(のうさつ)(巡礼(じゅんれい)者(しゃ)が霊場(れいじょう)に参拝(さんぱい)したしるし)集(しゅう)兼(けん)浮世絵(うきよえ)集(しゅう)。
浮世絵(うきよえ)は歌川芳員(うたがわよしかず)の「東海道(とうかいどう)五十三次(ごじゅうさんつぎ)」(おもしろ東海道(とうかいどう)五十三次(ごじゅうさんつぎ))を、版(はん)を新(あら)たにして編集(へんしゅう)しています。隔月(かくげつ)の会合(かいごう)の内(うち)には、2回(かい)にわたって「東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)膝栗毛(ひざくりげ)」を扱(あつか)っている回(かい)があり、軽妙(けいみょう)な画風(がふう)が好(この)まれて復刻(ふっこく)されたものでしょうか。
保存会(ほぞんかい)には江戸(えど)演芸(えんげい)関係者(かんけいしゃ)も多(おお)くいたようで、納札(のうさつ)(を収(おさ)めたメンバー)には、江戸文字(えどもじ)(江戸時代(えどじだい)に盛(さか)んに使用(しよう)された図案(ずあん)文字(もじ)の総称(そうしょう)。それぞれの書体(しょたい)は別々(べつべつ)の名称(めいしょう)を持(も)ち、もともとは使用(しよう)される用途(ようと)も違(ちが)っていた)の橘(たちばな)右近(うこん)、寄席(よせ)の新宿末廣亭(しんじゅくすえひろてい)、講談(こうだん)の一(いち)竜(りゅう)斎(さい)貞丈(ていじょう)、落語(らくご)の三遊亭圓馬(さんゆうていえんば)、三遊亭百生(さんゆうていひゃくしょう)、柳家小(やなぎやこ)さん、奇術(きじゅつ)のアダチ龍光(りゅうこう)、柳亭痴楽(りゅうていちらく)、漫才(まんざい)の都家(みやこや)かつ江(え)、桂枝太郎(かつらえだたろう)などの名前(なまえ)が見(み)られます。

納札(のうさつ)文化(ぶんか)保存会(ほぞんかい)「東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)膝栗毛(ひざくりげ)」

勝川春紅(かつかわしゅんこう)(生(せい)没年(ぼつねん)不明(ふめい))は初代(しょだい)勝川春章(かつかわしゅんしょう)もしくは勝川春英(かつかわしゅんえい)の門人(もんじん)といわれている浮世絵師(うきよえし)です。風景画(ふうけいが)、役者絵(やくしゃえ)、風俗画(ふうぞくが)などの作品(さくひん)が寛政(かんせい)から文化(ぶんか)にかけて見(み)られます。 表題(ひょうだい)に含(ふく)まれている浮絵(うきえ)とは遠近(えんきん)感(かん)を強調(きょうちょう)して描(えが)いた作品(さくひん)で、遠近法(えんきんほう)表現(ひょうげん)を従来(じゅうらい)より正確(せいかく)なものとし、錦絵(にしきえ)風景画(ふうけいが)の基礎(きそ)になりました。本図(ほんず)では日(ひ)の出(で)と富士山(ふじさん)が描(えが)かれており、初期(しょき)の江(え)の島(しま)浮世絵(うきよえ)らしい縁起(えんぎ)絵(え)です。江(え)の島(しま)と片瀬海岸(かたせかいがん)をつなぐ砂州(さす)には江(え)の島(しま)参詣(さんけい)者(しゃ)が大勢(おおぜい)歩(ある)いています。手前(てまえ)の片瀬海岸(かたせかいがん)には藁葺(わらぶき)の小屋(こや)がいくつか見(み)え、中(なか)には休憩(きゅうけい)する人々(ひとびと)も見(み)えます。

浮絵(うきえ)相州(そうしゅう)江之島(えのしま)の図(ず)



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