このシリーズは、その半分の絵柄が江の島への道程をモチーフとしており、旅する人々(この作品では狂歌師)の気持ちの高まりが名所、名物に託されて画面に描かれています。本作品では川崎の六郷の渡しで雨に降られた旅人たちが、身を寄せ合っている様子が描かれます。突然降り出したような雨の線には、銀泥(銀を含ませた絵の具)が用いられ、その情景を効果的に演出しています。
江島記行は江の島に関する風物を描いた、揃物の摺物です。摺物とは、狂歌(狂歌:諧謔的な31文字で作られる詩)と歌に関する挿絵が描かれた版画作品です。
狂歌師達によって作られた私家版の印刷物のため、採算を取ることが前提の売り物の浮世絵とは異なり、小さい画面の内にも繊細な彫りや摺り等の高い技術がふんだんに用いられていることが特徴です。
本作は画中に16枚続きの記載 がありますが、現在発見されているものは14点で、「高輪ふり出し」「鮫州」「大森」「蒲田」「六郷」「鶴見」「神奈川」「浜川」「下宮」「上宮」「本宮」「兒ヶ淵(稚児ヶ淵)」「俎岩」「竜洞」で、狂歌連(狂歌のグループ)が江の島旅行へ行った際に、記念として制作されたものと考えられています。
挿絵を担当した魚屋北渓は北斎の門人の一人で、摺物では北斎をしのぐ技巧をもつと評価されるほど、狂歌関連の作品を得意とした絵師です。