Fujisawa Net Museum

資料一覧

江戸(えど)辻岡屋(つじおかや)文助(ぶんすけ)(ばん) 慶応(けいおう)元年(がんねん)(1865(ねん)
たて72.0 よこ61.0
徳川将軍(とくがわしょうぐん)家茂(いえもち)上洛(じょうらく)(京都(きょうと)()くこと)を()に、これを題材(だいざい)としたいくつもの五十三次(ごじゅうさんつぎ)浮世絵(うきよえ)シリーズが発行(はっこう)されました。これらは「()上洛(じょうらく)東海道(とうかいどう)」「行列(ぎょうれつ)東海道(とうかいどう)」などと()ばれ、爆発(ばくはつ)(てき)()()きで(おお)くの(はん)(かさ)ね、当時(とうじ)庶民(しょみん)幕末(ばくまつ)状況(じょうきょう)(たい)する関心(かんしん)(たか)さを物語(ものがた)っています。
絵師(えし)歌川(うたがわ)(橋本(はしもと))貞秀(さだひで)は、鳥瞰(ちょうかん)(てき)視点(してん)から(えが)いた浮世絵(うきよえ)有名(ゆうめい)画家(がか)で、この「行列(ぎょうれつ)双六(すごろく)」もその本領(ほんりょう)発揮(はっき)したものと()えましょう。()()しの「第一(だいいち) 江戸(えど)」を出発(しゅっぱつ)した行列(ぎょうれつ)は、さまざまな(のぼり)(はた)()(なが)しなどを()てて「()がり」の(きょう)()かっていますが、この()では、さらに伏見(ふしみ)(よど)八幡(やはた)といった大坂(おおさか)までの大坂街道(おおさかかいどう)(京街道(きょうかいどう))の宿(やど)()(えが)()まれていて、「(ひと)(あま)れば 伏見(ふしみ)(ふた)ツ 〃 よど、(みっ)ツ 〃 ()はた、(よっ)ツ 〃 大坂(おおさか)」と(しる)されています。

新版(しんばん)東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)行列(ぎょうれつ)双六(すごろく)

製作時期(せいさくじき):天保(てんぽう)10年頃(ねんごろ)(1839)。
板元(はんもと):佐野喜(さのきち)(佐野屋喜兵衛(さのやきへえ))

背景(はいけい)広重(ひろしげ)保永堂版東海道(ほえいどうばんとうかいどう)藤沢(ふじさわ) 遊行寺(ゆぎょうじ)」を下敷(したじ)きにしています 。
女性(じょせい)(うし)ろにあるのは、大鋸橋(だいぎりばし)現在(げんざい)遊行寺橋(ゆぎょうじばし))と、かつてその(きわ)にあった江の島(えのしま)一ノ鳥居(いちのとりい)で、女性(じょせい)頭上(ずじょう)(やま)のように(えが)かれているのが遊行寺(ゆぎょうじ)です。

(おお)きな木太刀(きだち)御神酒枠(おみきわく)(かつ)いだ大山詣(おおやままい)りの一行(いっこう)は、広重(ひろしげ)作品(さくひん)では(はし)(うえ)にいますが、国貞(くにさだ)()では鳥居(とりい)(まえ)まで()ています。 手前(てまえ)女性(じょせい)旅立(たびだ)ちのため(おび)()めているところでしょうか。足元(あしもと)には煙草(たばこ)()れ、風呂敷(ふろしき)(つつ)み、菅笠(すげがさ)といった(たび)道具(どうぐ)()かれています。
板元(はんもと)佐野屋喜兵衛(さのやきへえ)

国貞(くにさだ)の「美人(びじん)東海道(とうかいどう)」の()(した)しまれている本作(ほんさく)は、背景(はいけい)東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)宿場(しゅくば)風景(ふうけい)が、手前(てまえ)には美人(びじん)各地(かくち)関連(かんれん)した風俗(ふうぞく)(えが)かれます。東海道(とうかいどう)景色(けしき)歌川広重(うたがわひろしげ)代表作(だいひょうさく)保永堂版東海道(ほえいどうばんとうかいどう)」を下敷(したじ)きにして(えが)いている(てん)特徴(とくちょう)ですが、宮宿(みやしゅく)から京都(きょうと)まで(四日市(よっかいち)(のぞ)く)は国貞(くにさだ)のオリジナルの絵柄(えがら)となっています。

東海道五拾三次之内 藤沢図

東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)()(うち) 藤沢(ふじさわ)()

製作時期(せいさくじき):嘉永(かえい)5(ねん)(1852)。
板元(はんもと):伊勢兼(いせかね)(伊勢屋兼吉(いせやかねきち))

このシリーズは各宿(かくしゅく)にゆかりのある歌舞伎(かぶき)主人公(しゅじんこう)(えん)ずる人気役者(にんきやくしゃ)姿(すがた)(おお)きく(えが)き、上部(じょうぶ)背景(はいけい)にその地方(ちほう)風景(ふうけい)()えられているものです。こうした趣向(しゅこう)を「見立(みたて)」といい、この一連(いちれん)作品(さくひん)は「役者見立東海道(やくしゃみたてとうかいどう)」と()ばれています。
発売(はつばい)(とも)非常(ひじょう)人気(にんき)()び、図柄(ずがら)追加(ついか)され、また(あら)たに宿間(しゅくかん)()出版(しゅっぱん)されました。この()藤沢宿(ふじさわしゅく)で、ゆかりの物語(ものがたり)小栗判官(おぐりはんがん)照天姫伝説(あまのてるひめでんせつ)」の主人公(しゅじんこう)小栗判官(おぐりはんがん)(えが)いています。
(ふん)する役者(やくしゃ)坂東竹三郎(ばんどうたけさぶろう)(のち、五代(ごだい)坂東彦三郎(ばんどうひこさぶろう))です。背景(はいけい)藤沢宿(ふじさわしゅく)風景(ふうけい)初代(しょだい)広重(ひろしげ)保永堂版東海道(ほえいどうばんとうかいどう)構図(こうず)使用(しよう)しています。

東海道五十三次之内 藤沢 小栗判官(役者見立東海道)

東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)()(うち) 藤沢(ふじさわ) 小栗判官(おぐりはんがん)役者(やくしゃ)見立(みたて)東海道(とうかいどう)

製作時期(せいさくじき):文久(ぶんきゅう)3(ねん)(1863)。
板元(はんもと)(しるし)なし

遊行寺(ゆぎょうじ)(まえ)(とお)一行(いっこう)(えが)かれています。題字(だいじ)(よこ)には左右(さゆう)に「江戸(えど)(かた)江戸(えど)方向(ほうこう))」「鎌倉道(かまくらみち)」、遊行寺横(ゆぎょうじよこ)(はやし)には説教節(せっきょうぶし)人々(ひとびと)(かた)()がれてきた物語(ものがたり))『小栗判官(おぐりはんがん)』に関連(かんれん)する「小栗堂(おぐりどう)」「小栗十騎(おぐりじゅっき)(はか)小栗判官(おぐりはんがん)部下(ぶか)(はか))」、右下(みぎした)江の島(えのしま)(いち)鳥居(とりい)付近(ふきん)には「()(しま)みち」といった表記(ひょうき)()られます。 鳥瞰図(ちょうかんず)得意(とくい)とした貞秀(さだひで)らしく地誌的(ちしてき)内容(ないよう)意識(いしき)()いている様子(ようす)がうかがえます。

文久(ぶんきゅう)3(ねん)(1863)の十四代(じゅうよんだい)将軍家茂(しょうぐんいえもち)上洛(じょうらく)意識(いしき)して出版(しゅっぱん)された東海道(とうかいどう)シリーズで「上洛東海道(じょうらくとうかいどう)」と()われているものの一枚(いちまい)です。
作者(さくしゃ)橋本貞秀(はしもとさだひで)は、鳥瞰図的(ちょうかんずてき)構図(こうず)浮世絵(うきよえ)(名所図(めいしょず)など)に(すぐ)れ、「空飛(そらと)絵師(えし)」などとも()ばれますが、この「藤沢遊行寺(ふじさわゆぎょうじ)」も同様(どうよう)構図(こうず)()られます。行列(ぎょうれつ)遊行寺坂(ゆぎょうじざか)(うえ)(画面(がめん)右上(みぎうえ))から藤沢宿(ふじさわしゅく)大鋸橋(だいぎりばし)にまで陸続(りくぞく)(つづ)き、その(なが)さを強調(きょうちょう)するかのようです。

遊行寺(ゆぎょうじ)当時(とうじ)歌舞伎(かぶき)などにも()()げられていた「小栗判官(おぐりはんがん)照手姫(てるてひめ)物語(ものがたり)街道(かいどう)名所(めいしょ)(ひと)つとなっており、図中(ずちゅう)にも「小栗堂(おぐりどう)」「小栗十勇士之墓(おぐりじゅうゆうしのはか)」が(しめ)されています。手前(てまえ)()える鳥居(とりい)()(しま)一ノ鳥居(いちのとりい)遊行寺(ゆぎょうじ)山門(さんもん)現在(げんざい)(こと)なり仁王門(におうもん)となっています。

東海道名所之内 ふちさハ 遊行寺

東海道(とうかいどう)名所(めいしょ)()(うち) ふちさハ 遊行寺(ゆぎょうじ)



Page Top