Fujisawa Net Museum

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製作(せいさく)時期(じき):弘化(こうか)年間(ねんかん)頃(ごろ)(1843~1847)。
板元(はんもと):有田屋(ありだや)青右衛門(あおえもん)

このシリーズは俗(ぞく)に板元(はんもと)名(めい)から有田屋(ありだや)版(ばん)東海道(とうかいどう)と呼(よ)ばれます。
広重(ひろしげ)の小判(こばん)東海道(とうかいどう)はめずらしく、横(よこ)判物(はんじもの)はそれぞれに工夫(くふう)をこらして描(えが)いていますが、大方(おおかた)似(に)かよった構図(こうず)になっていて、正面(しょうめん)の橋(はし)が東海道(とうかいどう)の通(とお)る大鋸橋(だいぎりばし) (現(げん)遊行寺橋(ゆぎょうじばし))、左(ひだり)に江(え)の島(しま)一(いち)ノ鳥居(とりい)が描(えが)かれています。
保永(やすなが)堂(どう)版(ばん)と同(おな)じく橋(はし)の上(うえ)には御神酒(おみき)枠(わく)(大山(おおやま)から水(みず)や酒(さけ)を持(も)ち帰(かえ)るためのもの)を担(かつ)いだ大山(おおやま)詣(もうで)の一行(いっこう)が、鳥居(とりい)の下(した)には杖(つえ)をついた江(え)の島(しま)詣(もうで)の一行(いっこう)が描(えが)かれています。背景(はいけい)に山(やま)のように見(み)えるのは遊行寺(ゆぎょうじ)です。

東海道七 五拾三次之内 藤沢(有田屋版)

東海道(とうかいどう)七(なな) 五拾(ごじゅう)三次(さんつぎ)之(の)内(うち) 藤沢(ふじさわ)(有田屋(ありだや)版(ばん))

この作品(さくひん)は、当時(とうじ)の人気(にんき)歌舞伎役者(かぶきやくしゃ)とゆかりの宿場(しゅくば)を背景(はいけい)に描(えが)いたシリーズです。「一ト眼千両(ひとめせんりょう)」とは、一目(ひとめ)見(み)ただけで千両(せんりょう)(訳注(やくちゅう):両(りょう)は江戸時代(えどじだい)の貨幣(かへい)の単位>(たんい)。
千両(せんりょう)は今(いま)でいうと1億円(おくえん)以上(いじょう)の価値(かち)になる。)という大金(たいきん)を払(はら)う価値(かち)があるというたとえです。背景(はいけい)を二代広重(にだいひろしげ)、前景(ぜんけい)の人物(じんぶつ)を国周(くにちか)が分担(ぶんたん)して描(えが)いています。
この人物(じんぶつ)は「白波五人男(しらなみごにんおとこ)」の通称(つうしょう)で知(し)られる歌舞伎(かぶき)の演目(えんもく)「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」に登場(とうじょう)する人物(じんぶつ)の一人(ひとり)で、江の島(えのしま)にゆかりのある弁天小僧菊之助(べんてんこぞうきくのすけ)です。扮(ふん)するは四代目(よんだいめ)市村家橘(いちむらかきつ)(のちの五代(ごだい)尾上菊五郎(おのえきくごろう))です。

東海道(とうかいどう)一(ひ)卜(と)眼(め)千(せん)両(りょう) 藤沢(ふじさわ) 弁天小僧菊之助(べんてんこぞうきくのすけ)



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